日間6ミリ 小雨の日に起きた大規模地滑り 幅100m長さ150m、親子のむ 総雨量は平年の2倍「後から思えば」井戸枯れ、にごり水…前触れは確かにあった 

2023年9月19日 8:03

〈資料写真〉1993年9月21日、日置市日吉町日置毘沙門地区で発生した大規模な地滑りは2軒の民家を飲み込んだ
 〈鹿児島風水害30年〉九州南部の梅雨明けについて気象台が「特定できない」と異例の修正発表をした1993年の夏は、豪雨や台風が鹿児島県内を何度も襲った。438カ所で土砂災害が起き、死者・行方不明者121人。中でも9月20日に2家族5人を巻き込み、2人が亡くなった日吉町(現日置市)毘沙門地区の大規模地滑りは「想定外」と言われた。同町の当日雨量は6ミリ。ほとんど降らない中でなぜ地滑りは発生したのか。身を守る手だてはあるのか。

 午後8時ごろ、土木会社代表・成田浩さん(76)が自宅で揺れを感じた後、電灯が一瞬消えた。外を見ると県道の奥で火花が上から下に走っていた。崖崩れで山間部の電線が切れたと直感し、現地へ向かうと道路が土砂に埋まっていた。いったん帰宅し消防や警察、役場関係者に連絡した。

 消防などが駆け付けると、土砂にのみ込まれ全壊した中島忠則さん=当時(72)、ヨシエさん=同(71)=夫婦の家の屋根に、なぜか隣の家の大野纏(まとめ)さん=同(49)=がぼうぜんと座り、「妻と息子が」とつぶやいていた。

 足元から助けを求める声を聞いた消防隊員らが屋根を壊して夫婦を救出した。役場職員だった田代信行さん(66)は「辺りは真っ暗で投光器の明かりが頼り。日中だったら現場の危険な状況に作業をためらったかもしれない」と振り返る。

 大野さんの妻房子さん=当時(57)=と高校生だった息子誠さん=同(17)=は翌日遺体で見つかった。

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 県砂防課によると、山腹は幅約100メートル、長さ150メートル、深さ15~20メートルにわたって崩壊した。当日の日吉町の降雨量はわずか6ミリ。だが、6月から同日までの総雨量は2000ミリを超え、平年の約2倍に達していた。

 現場を調査した鹿児島大学の地頭薗隆教授(65)=砂防学=は「地中深くの地下水流が影響した」と分析する。現場の地質は数百万年前に形成された花こう岩。風化が進むと粘土質になり水を含みやすくなる。「6月からの雨が地下にたまり、水圧で水の流れが変わっていた。その影響で徐々に山が動き、一気に崩壊したのでは。当日の雨量はわずかでも土砂災害は起こりうる」と指摘する。

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 「大野さんの家の井戸が枯れた」「山の擁壁の水抜き穴から、にごった水がずっと出ていた」「擁壁の傾斜が変わっていた」。住民に当時の様子を聞くと、地滑りの前触れとみられる証言が多数出てきた。ただ、どれも「後から思えば」と前置きが付く。当時は役場や消防に報告されることはなく、事前避難にはつながらなかった。

 地頭薗教授は「災害予測や防災対策は、この30年で大きく進歩した。ただ、住民が活用できなければ情報の一方通行で終わってしまう」と話す。災害体験の継承や危険箇所の確認で、地域の防災力を高めることが命を守ることにつながる。
〈関連〉土砂災害の前触れとなる「小さな変化」を確認する

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